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原監督と理想のリーダー像。

(旧ブログからの転載記事)

Yahoo!ニュース(2009年3月)で非常に興味深い記事を発見。
以下転載しますね。

原監督「涙目の新リーダー」

AERA3月30日(月) 13時 7分配信 / スポーツ – スポーツ総合
——「人生は他動的」を哲学とする原監督が、
サムライジャパンをWBC優勝に導いた。
雰囲気は明るく、選手を立ててのびのびと。
チャンスに弱かった「涙目」監督が大切にしたのは、
そんな新世代のリーダーシップだった。
フリーライター 赤坂英一 編集部 伊東武彦、斉藤真紀子、福井洋平——

侍ジャパン。
「長嶋ジャパン」以降必ず監督名を冠されてきた野球日本代表チームの名からあえて自分の名前を外した思いを、原辰徳監督はアエラ「現代の肖像」のインタビュー(昨年11月)でこう語っていた。
「長嶋さん、王さん、星野さんもそれだけの実績があるけれど、私はそこまでは名乗れない」
結果は前回WBCよりも高勝率での2連覇達成。だが、原監督はなお謙虚だった。優勝直後の胴上げでは3回宙に舞った末に落ちても笑顔。15安打で5点、2度追いつかれるという試合展開を、
「うまい監督さんならたくさん点を取らせてあげてると思いますけど」
と振り返り、帰国後の記者会見でも、
「私は何もしていない」

■「よろしく頼む」だけ

一方、優勝会見では、
「このメンバーは未来永劫、えー、すばらしい時をきざみ……」
と言葉につまる原監督に、横に座っていたイチロー選手は思わず笑みをこぼした。2次ラウンドでは、
「2勝することが大事」
と当たり前のことを連呼したり、「ゴーアヘッド」と、なぜか英語を口走るなどツッコミどころ満載の監督に、選手も笑顔で応える。
名将と言われてきた星野仙一北京五輪代表監督や野村克也楽天監督は典型的なトップダウン型。威圧感や理屈で選手を「統制」した。原流は、選手を立て自主性を伸ばし、長所を引き出し、劇的な結果を生んだ。
イチローと並んでチーム最多安打を記録した青木宣親外野手が振り返る。
「原監督は一番最初に『プロの集団だから、基本的に思ったとおり動いていい。最高の選手、能力のある選手を集めたのだから』と言ってくれました。チームでは自発的に選手たちが思ったことをやっていて、指示待ちではなかった。原監督は、方向性を示してくれました」
また、ある選手はこう語る。
「結果を出しているプロ選手なのだから厳しく言われるとつらいと思ったけど、そんな雰囲気はなかった」
監督経験者2人を含むコーチ陣に対しても上からの指示ではなく、強い信頼をもって接した。守備走塁コーチだった高代延博氏は、こう強調する。
「コーチとして、非常にやりやすい環境を整えてくれました」
9試合でチーム防御率1・71と卓越した投手力を支えた投手コーチの一人に抜擢された与田剛氏は、プロの指導歴がない。
「普通はそんなコーチを相手にするときは不安で話し合おうとするんでしょうが、それが一切なかったんです」
試合前にブルペンに投手陣を引き連れて行くときに、
「じゃあ監督、行ってきます」
「おお、よろしく頼むよ」
だけ。だが、不思議なことにコミュニケーションが取れていないと感じることはなかった。
「細かいことを何も言われないことが、かえって信頼の表れだったと感じました」

■「他動的」野球人生

東京ラウンドから5、6回食事会をし、決勝戦前にも焼き肉を食べに行ったが、監督は最後に一言、
「明日もがんばろう」
と檄を飛ばしただけだった。
そして、ここぞという場面では全幅の信頼を置いた。
準決勝のアメリカ戦3回表、松坂大輔投手が連打を浴びて勝ち越された。球数もかなり投げていた。原はかたわらの山田久志投手コーチに声をかけた。
「代えなくていいんですか」
「代えなくていいです」
投手の交代権限は監督にある。それでも、原監督はこらえた。
「わかりました」
松坂投手は後続を抑えた。WBCを取材したスポーツライターの石田雄太氏が語る。
「山田コーチは投手起用にぶれがなかった。その山田さんにすべてを任せたことで、侍ジャパンはうまくいった」
自我を前面に出す肉食系リーダーとは違う、「草食系リーダー」像を示した原監督。その人格を作り上げたのは、自ら「他動的人生」と語る野球遍歴だ。
他動的とは、人の力、指示で自分の人生を動かしていくという意味だ。
父が監督の東海大相模高から東海大、さらにドラフト1位で巨人入団とエリート街道を歩んだ。巨人入団後はライバルの故障でサードの定位置を確保。4番の座にもついた。2006年の巨人監督復帰も今回のWBC監督就任も、自ら求めたものではなく、周りから要請されてのものだったと、原監督は語っている。
「自分で進んで行ってるというよりも、与えられてきたと。それに幸せを感じている。自分がやりたくてやれるポジションじゃないわけですから」(昨年11月のインタビューより)
ポジションを与えられれば、その場で全力を尽くす。変なこだわりもしがらみもそこにはない。それは、ONという強烈なスター世代と野茂、イチローといったメジャーで活躍する新世代にはさまった「中二階」世代ならではの生き方なのかもしれない。ちなみに「他動的」とは名将・三原脩氏の考え方を参考にしたもの。人生哲学も他人から借りてくる柔軟さ。

■先輩ぶらずあったかい

現役時代から親交が深く、今も巨人の1軍コーチとして原監督を支える吉村禎章氏は、「こんなにあったかい人間っているのかなっていうくらい」と話す。
吉村氏が現役中に左ヒザに大けがを負ったときも医者を紹介してくれたりと、先輩ぶることがなかった。父親から常に人の3〜5倍は鉄拳制裁を受けて育ち、それを反面教師としているのではないかという。
威圧感を与えず、自主性を伸ばして結果を取る——『原辰徳・伊原春樹に学ぶ「勝者のリーダー学」』などの著書がある児玉光雄・鹿屋体育大教授(臨床スポーツ心理学)は組織論におけるリーダーシップを(1)民主型(2)専制型(3)放任型に分け、今回の原采配を(1)と規定する。星野、野村両氏は(2)の要素が強い。
昨夏、北京五輪に出場する星野ジャパンのキャンプ中、キャプテンだった宮本慎也内野手は星野氏に部屋まで呼ばれ、こう言われた。
「こう見えても、我々(チームスタッフ)は聞く耳は持ってるんやで」
またそのキャンプ中、外野手の守備練習を見た星野氏が、「しっかり送球しろと言っておけ」と宮本選手を通じて伝えたところ、選手はかえって硬くなり、送球は大きく乱れた。星野ジャパンはメダルさえ取れずに終わった。
サムライジャパンのメンバーだった城島健司捕手はキューバ戦後、彼に対する批判を繰り返していた野村氏に対して強烈な皮肉を返した。
「野村さんだったら現役時代は1点も取られないんだろうから。『野村ノート』(野村氏の著書)の配球のおかげで勝てたからお礼を言いたい」
メジャーリーガー5人をはじめ、日本野球界を代表するプライドの高い選手たちを「動かす」には、原の「民主型」が最も適したスタイルだったのだ。
リンクアンドモチベーションのコンサルタント、山谷拓志氏が、その理由を分析する。
「熱くなりすぎず、選手のプライドを損なわないように重要なメッセージは言葉で伝える。これは今回のように選手の実力が十分ある場合に効果的です」
民主的スタイルは不況期の職場でも、威力を発揮するという。新入社員を育成する余裕がないとき、社員の潜在力や長所を引き出さなくてはならないからだ。

■イラついても出さない

だからといって、つねに民主的で優しいだけではない。
「基本的には頑固。怒ったら物も飛んでくる。だけどそのあと部屋に呼ばれて、なんで怒ったのかというのを全部説明されるんです」(吉村氏)
評論家時代も必ずスーツ姿で取材をしていたほど身だしなみには厳しく、サムライジャパンでも茶髪、長髪は禁止した。その頑固さが今回は采配面にも表れ、結果に結びついたと評価する関係者は少なくない。
「韓国戦で延長に入った時も笑顔を見せるなど、終始表情は一定し、顔色が変わらなかったのが印象的でした」(スポーツライター・小西慶三氏)
前回WBCのように審判が妙な判定をしても動揺しないようにと、コーチ陣にも徹底した。
「イラついてもプラスになることは何もない。思うことがあっても顔には出さないでいこう。その態度を最後まで一貫させていましたね」(与田氏)
時には涙目で柔らかく、しかし時には頑固に。現役時代、チャンスに弱く「ガラスの四番」とも称されたイメージはない。
巨人の第1次政権時代には追いこまれると決断が遅れて得点機を逸してしまうこともあった。だが、昨年13ゲーム差をひっくり返す「メークレジェンド」を達成し、精神的にも余裕がでた。昨年11月のインタビューで、原監督はこう笑って語っていた。
「リスクという言葉は自分の中にはない。リターンっていうものしかないんだよ」
(4月6日号)

以上が記事内容になります。
うーーん。。実に興味深いですね。
私は、世代的にはどう考えてもたたきあげの世代です。
ただ、丁度いまくらいの年齢になると若い世代ともたくさん絡んでいかなくてはならない年頃で、当然、今の若い子たちには私たちがやらされていたような、たたきあげ根性論なんてものは通じないのを凄く痛感しているからです。

この記事にある原監督の組織掌握術は、実に時流にのっているかがよくわかります。これはなかなかどうして、簡単に出来る事ではありません。

自主性を重んじるというのは実に難しい所です。
自主性を強調すれば、その対極にある甘え・自我という仕事を考えるとマイナス要素になりかねない事象が発生しやすくなるからです。ただ、それを恐れて何でも管理してしまうと自主性は生まれず、長所を生かしてあげることも困難になります。一番堂々巡りになってしまうところですよね。

この表裏一体のバランスを絶妙にとるために必要な要素が、「対話」なのだと思いました。
この対話の仕方が正に重要で、同じ目線で価値観を所有しあうというコンセプトで行えるかどうか。対話の真髄というのは、そこにかかっているのではないでしょうか。

わたしを含め、若い世代と一緒に仕事をしている諸氏には、とても興味深い内容なのではないかなと思いながら、記事を拝読させて頂きました。

デザイナーにとっての金言。

(旧ブログからの転載記事)

お世話になったクリエイターさんと会食をさせて頂いたときのお話です。
クリエイティブのお話満載だったし、音楽のことなど色々とお話させて頂けてとても楽しい時間をすごさせてもらいました。

そこで、とっても素晴らしい金言とも言える言葉をエピソードで聞かせてもらえ、私自身もすごく共感でき、改めて意識を持つ事ができた言葉がありましたので、是非ブログで紹介させて頂きたいと思いました。

その方は、絵の勉強をされていて、プロの下修行をしていらっしゃったそうです。
そのお師匠さんがおっしゃっていたという言葉。

五感は繋がっているから、全部をのばしていかないといけない。

これは、深い。
深いし、まったくその通りなのです。デザイナーという立場で考えてもまったくこの原理というのは普遍ではないでしょうか。デザイナーという職業は、自分の感覚をフル稼働した情報を作品に落としていきます。言い換えれば、日々の何気ない情報収集がとにかく重要で、何らかの情報が自分自身にインプットされていないものは表現できないのです。

そこで重要なのが、日々の生活です。
なにげなしに聞いている音。
春の匂いを感じながら何気なしに見上げた空。
おいしいものをたべた時の感覚や、みた時の感覚や匂いの感覚。
そして何かに触れてみた時のインパクト。

こういった誰でもが日々感じている事からいかに多くの情報をインプットしていけるかに、デザイナーの引き出しの多さは影響されます。

上述のたとえでも分る通り、人というのは、意外に五感というのはフル稼働しながら情報を収集しています。だから、どの感覚も一緒に研ぎすましていかないと、感覚というのは発達できないのです。逆に常に五感を意識した、情報収集が出来れば、ごく自然にデザイナーとして必須である感覚の鋭敏さというのは身についてくるんです。

ひとつでも多くの情報をストックする。
それはクリエイターにとって生命線です。

でも、膨大な情報をストックすればするほど、情報の抽出というのは難しくなります。せっかくもっている引き出しも、必要な時に開けられなければ意味がありません。

そこで、またまた金言がありました。

「毎日の会話は、流行言葉ではなく、自分の単語でしていきましょう。」

これも深い&共感です。
私が先日書いた日記「円滑な仕事の進め方」でも触れました、言葉を発する大切さを非常にシンプルに表している言葉ですね。人というのは、教わった事や思いついた事などを口に出して人に説明すると、脳の中での情報が最適化され完全に記憶されるといいいます。人に伝える行為が一番自分の中での理解度を上げるという行為に直結しています。これは心理学などの統計でもそのような結果が出ているんだそうです。

自分の言葉で会話をするというのは、まず、自分の中にある情報を言葉という、形に具現化する作業を頭の中で行います。ピタッとはまる言葉に集約するということは、余計なものがそがれ情報が最適化されたという事に他なりません。そして、その言葉を他の人に口から出して伝えるという行為を行う事で、情報が完璧に脳にインプットされるという流れを同時に出来るまさに一石二鳥の行動なのです。日常の会話で、この作業が出来れば膨大な情報を整理整頓しなが蓄積できるという、目から鱗な行動なわけです。

もちろん、膨大な情報は、自分で選んだ「言葉」というキーワード付きでストックされるので抽出も簡単に出来る様になります。ソーシャルブックマークなどでいうタグみたいなものですよね。

この様な自分の脳=データベースを最適化した形で情報コントロール出来る人は、自分の言葉で何かを伝える事が必然とできるようになり、プレゼンテーションも上手になり「円滑な仕事の進め方」でも書いた、良いデザイナーはコミュニケーション上手という図式もなりたつわけです。

情報の集め方やストックの仕方。
クリエイティブでは本当に普遍なのだな。

そう確信出来ました。
大切な金言を頂けたことに感謝し、この伝達も強く意識しなくてはと思った今日この頃です。

良いデザイナーでいるためには。

(旧ブログからの転載記事)

良いデザイナーでいるためには。
すごく難しい課題ですよね。

私自身の私見ではありますが、いろんな要素があると思います。
10年以上やってきて思うのは、まずは気持ちの持ち方なのだと思います。
今日はブログなので、あまり技術面などの専門的な事についての明言はさけます。
プロだから技術を磨くなどということは当たり前なので。

ではでは、
気持ちのもちかた。
それは一体どんなことなのでしょうか?

デザイナーというのは、「みんな上手くなりたい」とか、「喜んでもらいたい」という気持ちを強く持っています。そのために、貪欲に上を目指し、センスと技術を日々磨いています。ただこのストイックさが、長く続ける上で諸刃の剣となります。努力するが故に、様々な葛藤を抱え悩むこともたくさんあるんです。

悩みに入った時や、自信をなくしかけた時、そういうときは得てしてプロとしての存在意義を見失っているときなんです。プロって何?そういう自問自答に答えられない時が、迷ってしまっている時といいかえられます。

プロとしての意義。
それを思い出せればだいぶ光がさすのですが、プロの意義についてまた改めて綴ります。

今日の日記でいいたいのは、人というのはそんなに強いものではないということ。
当然悩みも不安も持ってしまいます。自己を回帰するだけではコントロールできないことの方が多いはずなんです。

そんな時は、どうしたらいいか???

答えは簡単です。
周りの人に甘えましょう。

ここでいう甘えとは、何でも仕事を助けてもらう事ではありません。
ここでいう甘えとは、自分の良さを伝えてくれる人とたくさん話をしましょうということです。自分で自分の良さや力量がわからなくなったら、それを分っている人に言葉でつたえてもらえばいいんです。

簡単にいうと、デザイナーとして高いモチベーションを維持し続けるには、その気にさせてくれる人を周りにつくっていくということです。上辺のおせじは心に響きませんよね?むしろ警戒心を強くしてしまいます。だからきちんと自分の心に言葉を届かせてくれる相手を見つけてほしいのです。

もし、そんな人があらわれたら、デザインをやっている方はとてもラッキーと思います。それだけで、デザイナーとしての寿命が格段にのびたといっても言い過ぎではないと思います。そんなラッキーな人は、いかんなくその環境を利用してください。
きっとまた、楽しく仕事できるようになってくると思います。

たくさん自分の良さを教えてもらってください。
そのような甘えは、決して恥ずかしくないと思います。
そして、同じ事を人にしてあげましょう。
そのありがたみを理解していれば、同じ事がきっとできると思います。

最後にわたしから一言。
プロとしてクリエイティブを長く続けるというのは大変なことです。
規模とか立場は関係ありません。続ける事自体が大変なことだと思います。
5年、10年続けてきている方は、本当にすごいことなのだと思って頂きたい。
まぐれや惰性ではきっと続けてこられていないはずです。

プロは人から仕事を頼まれなければ成立しません。

頼まれるという事は、その時点でそれまでの努力や、もっている才能を評価されているということに他なりません。だから、間違いなく才能もあり、努力もできているのだと思います。そういった現実をきちんと知りましょう。デザインが好きなら尚更です。

喜んでくれたお客さんや、褒めてくれたまわりの人。
そのひとたちの期待にこたえるための第一歩は、自信をもって胸をはることです。

誰でもそうですけど、自分がおすすめする人には自信満々でいてほしいものですもんね。

競争の激しい世界で、挫折した若い子をたくさんみてきました。
一人でも多くの人が、楽しくデザイン出来る事を祈りつつ締めたいと思います。

たくさん周りの人に褒めてもらって
がんばれ。

きっと出来るぞ!!!

好意と義務の境界線

(旧ブログからの転載記事)
今回は、好意と義務の境界線について書いてみたいと思います。
よくこんな事があります。

友人・知人:「チラシとかwebをつくりたいのだけど相談のってくれない?」
わたくし:「ほほう。」

友人・知人:「言いにくいんだけど、予算全然ないんだよ」
わたくし:「ほほう…。」
わたくし:「わかったよ。そうしたら幾らくらいなら用意できそう?それによってどんな事が出来るか決めていこうよ。」

友人・知人:「「本当悪いね。5万くらいならだせるけど…。もうかったら必ず追加でだすよ!」
わたくし:「・・・。わかった。じゃあそれで何とかしよう。その金額だと仕事の合間をぬってやるしか出来ないと思うけど構わない?」

友人・知人:「いいよ!全然それで。じっくりまつから。助かるよ。」
わたくし:「正直どのくらいのペースで仕事出来るかわからないから、時間の部分は本当に約束出来ないからね。あと、内容もある程度こちら手動でいかせてもらうけど、いいね。」

友人・知人:「全然大丈夫。全然大丈夫。もうまかせちゃうよ!」

というようなやりとりが行われ、仕事が発生する事がすごく良くあります。
同じような制作仕事をしている方には耳が痛い内容なのではないでしょうか。
同じ経験したことあるひとたくさんいると思います。

丁度、この前友人と食事していたら同じ事ですごく悩みつかれていました。

まあ、まわりくどい言い回しで表現しましたが、ようはお金ないから無料もしくは破格の値段でデザインしてくれないというような内容のオファーを平気でしてくる、友人・知人というのは後をたたないのです。

デザイナーをはじめ、ものづくりをしている人間というのは、「期待されること。」「たよりにされる。」という行為にめっぽう弱いのです。常日ごろ自分のデザインで誰かを喜ばせたいと思い、それをモチベーションにして、人間とは思えない激務にも耐えているのです。
ですから、上述のような「こまってるんだ。」「他にあてがない。」というようなシチュエーションになると、もう断るという行為は殆ど不可能になってしまいます。断るどころか「俺が(わたしが)何とかしてやろう!」という気持ちが、ふつふつとわいてきます。
そうして「まかせておいて。」という流れになってしまうのです。
ここまでなら、困っている人を助けるという意味合いで、ちょっとした美談ですよね。

んが!!!
そんなに世の中というか、人間は甘くないのです!!!
だいたいこのような仕事をうけると、典型的なパターンに陥ります。

1. 容赦ない(数えきれないくらい)デザイン修正の要請
2. 予算がないということを忘れて無理難題をおしつける
3. とどめは催促という口撃

まあ、こんなやりとりが発生します。↓↓↓
デザインをだすと……。

「もっと写真とかイラストとかバンバンつくっていれてくんない?地味だよ。」
「なんか文章変じゃない??」
「もっと○○(←一流ブランドをみて)みたいになんない?」

こんな事を発言し、

「っていうか、さすがに待たせ過ぎじゃない?仕事なんだからちゃんとやってくれないとさ。こっちも金払う訳だし。明日までに頼むよ。」
というコンボが炸裂することも多いですよね。

これ、ぶっちゃけ本当に言われた事あります。リアルですね。

仕事の合間で、ただでさえ少ない睡眠時間を削って頑張った極限の疲労状態にこのような事をいわれると、もうガックリするだけであんまり怒る気力もわいてきま せん。もう言われるがままにやるしかない状況になり、ものすごく心身を痛めつけながら何とか終わらせるのです。当然この類いの人たちは、感謝するという感情が欠如しているので納品してもお礼はいいません。お礼すら言えない人間なので、約束の追加料金なんてでるはずもありません。

そういえば、こういう仕事引き受けて、ギャラは何もだせないと泣きつかれた事がありました。軌道にのったら払うからと言われてもう3年たつ事例があります。当然釈明もないし一円も貰っていないのでした…。

終わった後、
どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。
そもそもお金ないから助けてくれと言われたんだよなあ。
困ってるならと思って好意でやることにしたんだよなあ。
何故感謝される行動をとっているのに文句言われなければならないのだろう。
よく図々しく催促なんてできるよなあ。
途方にくれてそんな事を悶々と考えます。
これが、好意と義務の差なんです。
相手はどんな金額だろうと対価を保証するのだから、制作者に対して意見する義務があるという感覚をもちます。制作者は、普段ならこんな金額では絶対にうけないけど、こまっているみたいだから一肌脱ごうではないかとい好意をベースに考えます。
これは絶対に埋まる事のない溝ですよね。
そりゃあ意見食い違うのは当たり前です。
どちらも正論で正解だと思う。
価値観の問題なのだと思うし、おかれている立場によるところも大きな要因といえますよね。
ならば、どうすればいいのか???

簡単です。
こういう類いのオファーを出すひととは関わらない。
仕事は受けないという事を徹底すれば良いのです。
上述の通り断るのは大変なので、関わらないというのが一番安全です。
よくみればこういう人は共通項がたくさんあるので、慣れると比較的接点をもたないのは簡単です。関わらなければ、ストレスをためながら断ったり、そんなの受けなければいいじゃん!とまわりにお説教されたりすることもなくなるんです。
長い事この仕事してきて、確信をもっていることがあります。
こういうオファーだしてくる人は、かなりの確率で確信犯なのです。
制作者の弱いところをついてきくるとても狡猾なやり口なのです。
人として持っていなければいけない大事な何かが欠落している人が多いのです。

すごい悲惨な事例だと、
さんざん作らせておいて納品してお金の話しようとしたら「払えないよ。友達なんだからこまってるの助けるのって普通じゃない?」そう言われてもみ消された友人もいました。
嘘のようで、本当にこんなことは日常茶飯事に行われています。
デザインというのは一見仕入れ等も発生しないようにみえるので、価格も含めてたたきやすいんでしょうね

残念ながら、好意と義務の溝はうまりません。

己を守るのは己のみ。

断る事も誠意のひとつ。

苦しんでいる制作者の方には、是非この言葉を知って頂いて、大切なクリエイティブタイムを守ってほしいと思います。

円滑な仕事のすすめかた。

(旧ブログからの転載記事)

わたしたちの仕事というのは、本当にコミュニケーションが重要です。
でも、デザイナーはコミュニケーションが苦手な人が多い。

だからディレクターという立場の人が必要になる。
ディレクターはその名の如く監督するのが仕事。
時間コントロールはもちろん、品質のコントロール、クライアントと制作の意思の擦り合わせ作業等々、やることは満載です。時にはプランナー的な事もやらされている人もいます。

私もデザイナーであり、時にはスタッフに制作をまかせるのでディレクターになったり、アートディレクターになったりもします。やっぱり自分で全部制作する時 が精神的には一番楽です。私の場合は、自分の会社という事がかなりそいうったストレスを軽減させてくれています。あと、最悪自分はデザイナーなので、もう我慢ならなかった時は最悪自分で処理出来るという安心感もあります。そういう後ろ盾というのは本当に有り難いと思っています。

でも、普通の会社に勤めている、ディレクター専任の方々はそうもいきませんよね。
制作は出来ないので誰かにやってもらうしかない。でも制作からは常に煙たがられる。納期はまってくれないし、クライアントの言う事はある程度うけいれなくてはならない。仕事がトラブれば責任を負わなければならない立場で、その逃げ道と選択肢の少なさは、そりゃあもう大変です。心中お察し致します。

んが!!!

そうした結果、もうなるようにしかならないから、全部丸投げしてしまえ〜〜〜っというフィーリングになってしまうディレクターさんすごく多いです。

私:「クライアントさんはここをどんな風にしてもらいたがってるんでしょうか?」

そんな質問をします。返事は……。

D:「何でもいいと思うから適当にやっておいてください。」

私:「・・・・・・・・・・。」

凸(゚Д゚#)ゴルァ←私の心のさけび


デザイナーという人種は、この「適当に」という言葉に異常反応を示します。絶対にいってはいけないNGワード3本指に入ります。モチベーション指数は100から0に一瞬でなってしまうのです。

そんな中でも仕事なので、何とかはらわたをおさえながら頑張って仕上げます。
そして、チェックをしてもらう。

そして返ってくる言葉は

D:「ここ全然イメージと違うから直してくれます?もっとデザイン的にあしらってくださいよ。」

私:「・・・・・・・・・・。(←:一瞬の間)なるほど、なるほど。具体的にあしらうというのは、どんなイメージ感ですか??

D:「なんかこうデザインっぽくっていうかね。適当にやっておいて。」

私:「・・・・・・・・・・。」
凸(゚Д゚#)ゴルァ←私の心のさけび

こういう感じで魔のスパイラルに入ってしまって、通常1日で終る作業も1週間近くかかってしま うこともあり、時間をたっぷりかけたのに、これは私の作品ですととても言えないクオリティになってしまうという、最悪の結果もでてしまうんです。これはプ ロとしては本当に失格であってはならないこと。

でも、上述の様に自称「ディレクター」が最近業界に多すぎるのです。
たいして勉強もしていないのに知ったかぶりをするし、時間コントロールは、下請けを急かすだけ。最悪鶴の一声の脅し作戦。

こんな、似非ディレクターに本当に悩まされている、制作さんはとても多いと思います。それはたとえ社内でも社外でも起きている事象と思います。

今うちの大切なスタッフが、エセDにハマって大変な事になってしまっています…。
やりとりを聞いていると正に上述をデジャヴューしている感じです。
連日連夜の徹夜作業に追われ、頑張っても頑張ってもなくならない修正。
終るまでつきあっていますが、本当に大変な思いをさせてしまっています。

上司として、先輩として、社長として、色んなアングルからどんな言葉をかけたらいいか本当に考えてしまいました。わたしから言えるのは本当にひとつしかないなと思いました。

それは、
「どんなに嫌がられても、どんなに煙たがられても、制作に必要な情報は聞き出そう。そして何が問題で制作がうまくいかないかをきちんと自分の言葉で伝えよう。あとは、納品が終ったら、お互い労いのコミュニケーションをとりなさい。そうすれば自然と反省会になり双方理解度も信頼関係もあがるものだよ。」ということです。本当にシンプルにこれしかないのです。
頑張ってコミュニケーションを図るしかないんですよね。

あとは、気休めになってしまうかもしれなけど、
「もし、それを全部やっても上手くやれないときは、相性があわないと思って、今後は断る事も念頭にいれていい。それは自分で決めなさい。仮になくなっても、みんなで補完すればいいだけの話だから。簡単だろ?」
と締めるしか出来ませんでした。

私の方から文句をいって、仕事を断るのは簡単です。
でも、そのジャッジは第三者の私ではなく当事者が決めた方が幸せだと思います。
だから、わたしは、お客に今回クレームをいれていません。でも完全にクレームの範囲に入っています。とても苦虫をかむような気持ちです。

円滑に仕事をするには、まず自分の口から言葉を出すということ。通常営業等では「話しすぎない。聞き上手になれ」が基本ですが、こと制作の人は極端に受け身体制になってしまうことが多く、ストレスだけためるという悪循環に走ってしまうので、まずは口から言葉をもっとだそう!そこから始めてもらえるだけでも、 きっと今まで困難だった人との仕事が上手くいくケース、きっとでてきます。

良いクリエイターは、本当に自分の考えを言葉にするのが上手です。

良いクリエイター=コミュニケーション上手

そう思って頂いて間違いありません。

だから良いクリエイターを目指すなら、まずは言葉を発してみてください。
その積み重ねがきっと後で大きな宝物になると思います。

暴走社長はとまれない「第三回」

(旧ブログからの転載記事)

第一回」はこちらから
第二回」はこちらから

「暴走社長」は、その環境から生まれるべくして生まれてしまうという話を前回までにさせてもらいました。そして、「暴走社長」も天然から来る人はどうすることもできないということも。

今回は天然ではない普通の感覚をもった社長さんが「暴走社長」へと変貌を遂げてしまう環境についてと、そうならない環境作りについて考えていきたいと思います。

スタッフと社長の相互理解が出来る環境を構築する事が「暴走社長」を防ぐ唯一無二の方策であるということは前回までに触れました。

相互理解??
これって言葉では何となくフィーリングわかりますけど、とても抽象的ですよね。
ヒントは所有感共有感です。

企業というのは、必ず業態があり、社会での役割というものをもっています。言い換えると、企業とは経営者が描いた夢や目標が存在し、そこに向かってスタッフと一緒に組織として日々努力しているのです。この考え方の幹の部分をビジョンって言ったりもします。皆さん会社に「社是」とか「社訓」などがあるのはご存知の事と思います。本来これがその企業のビジョンにあたるわけなのです。

でも、社訓などは、言い伝えのようなもので実際の業務とは何ら縁のないものと考えていらっしゃるスタッフさんはとても多いです。社長さんもスタッフさんに徹底してビジョンを浸透させる行為や努力をしていないケースもとても多いです。

相互理解が生まれない環境を生成する原因は正にここにあるんです。
社長だけが、目標をしっていてそこに対してのアクションを起こす。スタッフさんは目標をしらされていないので立ち振る舞いかたがずれてしまう。もしくは消極的になる。
これはごく当たり前のことです。何をするかが明確になっていないのですから……。
そして結果のでないスタッフを社長は苦虫をかむように見つめる。

「何故できないんだ……」と…。

ここで誤解してほしくないのが、目標をつたえるというのは、社長がやることなすこと全て指示して、スタッフはひたすら指示をまつということでは決してありません。

会社は何を目標にしているのか?
社会にどう貢献してきたいとかんがえているのか?

その目的意識を一緒に所有するということです。
目的がわかれば、何をすべきかということは、皆さん自然と考え、自然と行動するものです。そしてその一挙手一投足がシンクロしたときに共有感という喜びも生まれてきます。

スポーツを見てみましょう。
団体競技の試合をするとき、みな「勝利」という共通の目標を所有し、そこに向かってアクション(練習)を続けています。その所有感と共有感のある環境からは不思議と不協和音は生まれません。性格のあわないもの同士がいても、仕事をするパートナーとしてはリスペクとした気持ちも生まれているはずです。

「勝てるチームになろう」

というビジョンを共有している、正に相互理解の生まれる環境が出来ているんです。

企業もまったく同じなんです。
ビジョンに向かって、それぞれのセクションの人間がミッションを検討・遂行する。その結果の積み重ねがビジョン達成というわけなんです。これは組織が大きくなればなるほど難しい事です。

でも考えてほしいです。
給料上げろ!将来ないから辞めてやる!
そう考える前に、
いまあなたが働いている会社のビジョンは何なのか?を。そして、ビジョン達成するためには、あなたのいる部署がどのような機能をはたせばいいのか?を。

きっとわからないと思います。

そうしたら、社長さんに会社のビジョンを質問してみましょう。
そうです。怖いけど思い切って。
経営者さんはスタッフさんから、その質問されるととても嬉しいはずです。
きっと待っていると思います。そしてそのビジョンについて同僚とたくさん話しましょう。
またそれを上にフィードバックしましょう。それが相互理解環境の第一歩と思います。

せっかく縁あって一緒に働くのだから、同じ目標を突き進む仲間という感覚を実感しながら日々の仕事をしてもらいたいです。

あなたの会社のビジョンを皆で語り合い、行動する。
とっても楽しいと思いませんか?

そんな環境からは「暴走社長」は絶対うまれません。
間違いないです。

皆さんがんばってくださいね。

暴走社長はとまれない。「第二回」

(旧ブログからの転載記事)

前回の日記で綴った「暴走社長」の続きです。

わたくし、色々な社長さんと会ってきました。
自身が経営に携わるという事もあり、経営者さんとお会いするケースというのは意外に多いんです。そして、ずっと会社に勤めていいたという経験ももっています。その両面を経験したからこそ感じた事って本当に多いです。

社長さんって、まわりに気心の知れた経営者さんしかいない時は結構「素」を出したりします。お互いの苦労話をはなして励まし合ったりすることも少なくあり ません。酒を飲んでも学生みたいにはしゃいで飲む事も多かったりするという印象がとてもあります。そこには「暴走社長」特有の傲慢さは微塵もありません。

そうです。ようは、社長さんは孤独で寂しくて仕方ないのだと思いました。
誰にも教えずに、しっとりとブログを綴り続けている社長さんかなり多いです。
誰にも相談出来ない、不安や悩みを発散する場所として活用されています。
誰にも教えられないけど、確実に見てくれる人が存在する。
社長さんの孤独を癒すこれ以上ない環境がブログだったりするんですね。

不思議とブログをやってるよとか、そんな話があがっても、誰もURLを聞かない。
そこには、意図をくみとって気を使う気遣いが確実にあるんです。

わたくしの本ブログも正にその類いです。
殆どの人が知りません。教えていないので……。

そんなこんなで、社長さんは色々な方策によってセルフメンタルケアをしているんですが、それがどんどん間違った方向にいってしまうのが「暴走社長」なのです。自己防衛のあまりに暴走してしうというのが、実情といえるのではないでしょうか。

何故社員の提言を聞けないのか?
何故社員に仕事をまかせられないのか?
答えは簡単。「信用出来ないから」です。
アドバイスを受け入れて何かあっても責任をとるのは自分。
仕事をまかせて何かあっても責任をとるのは自分。
こんな感じで、自己防衛が働いてどんどん周りが信用出来なくなっちゃうんですよね。

だから自然と、自分を否定しないイエスマンだけを周りに置く様になり、どんどん裸の王様化が進んでしまうんですよね。

見ていると、「暴走社長」さんってすごい確率で愛人(奥さん以外の恋人)をつくってます。それも、ただ単に癒されたいからというシンプルな欲求がそうさせ ている気がします。肉体関係だけを求めた関係ではなく、純粋に恋愛を楽しんでいるという印象をもつことが多いというのがその証明な気がします。何人も同時 に愛人作っている人は意外に少ないです。一人つくったら結構一途。プレゼントとか、イベントとかすごくマメにしているんですよね。いつも感心してしまった りします。

きっと恋愛して若さを感じてエネルギーを充電したり、異性に愛されるという事で自己肯定欲をみたしたりしているんだと思います。

でも普通のサラリーマンの方が、こんな話をきいたら「アホか!!!」と激怒されるでしょうね。俺らが頑張って会社に入れたお金を社員に還元せず、何わけのわからんことにつかっとるんか!と、わたしも会社員の時に社長にたいして、常に憤り、馬鹿にさえしていましたから……。
僕らの業界はとっても徹夜が多いんです。
もう3日家に帰っていないなんてこともざらでした。
そんな心身ともに疲労困憊の時に、今日「ゴルフいってきた。」「これからキャバクラいってくる」「明日から旅行」など言われようものなら烈火のごとく怒り狂っていました。何故そんな言わなくていいこをいう!とおもってましたね〜。
「暴走社長」さんは、そういうよこしまな事はかくすという空気を読んで気遣いを働かせるということすらできなくなってしまうんですよね。色々な事を自慢する事でしか自己顕示欲を満たせなくなってしまっているんです。

そりゃあ、信頼関係なんかつくれませんよね。

「暴走社長」がトップの会社と「普通の社長」がトップの会社。
どうしてこんな差が生まれてしまうのでしょうか?

理由は大きく分けて2つあります。
ひとつは、前回の日記で書いた相互理解が出来ない環境になってしまうから。
もうひとつは、そもそもの社長の性格。

このそもそもの性格というのもかなり厄介です。
とある税理士が「色んな会社の帳簿を拝見させてもらうと、大体社長の本質がみえてくる。どんなにかっこつけた言葉を並べても、社長さんの本当の姿(性格)は帳簿をみれば一発でわかります。」といってました。

わたしもその通りだと思います。社長その人の本当の姿というのは、見事に経営に反映されているんです。

だからこそ、本来の性格というのは厄介なのです。
とにかくお金が大好き!
派手な暮らしがしたい!
人からビッグと思われたい!
女にもてたい!
こんな野心を強くもっている、「天然暴走社長の試金石」ともいえる人が、社長さんをしている会社につとめている方は、すみやかに転職をおすすめします。断 言します。どんな事がおきても社長さんは変わりませんし、かわれませんよ。だってそれが基礎の性格なんですから。だから、人は成長するものだと寛容な気持 ちをもって我慢し続けるのは本当にやめたほうがいいと思います。損をするのはあなただけです。裏切られて人間不信になるまえに転職したほうがいいと思うの でした。

もうひとつの理由である、相互理解が出来ないことから生まれた「暴走社長」がトップの会社につとめている方。これは、希望はもっていいと思います。なかな か難儀ではありますが、前者と違って、大きく変化出来る可能性をたくさんもっています。素敵な環境になれば辞める必要なんてまったくないですよね。

いまの会社にこのままいて大丈夫か??
と悩んでいる方は、ひとつの指針として、社長さんをじっくり観察するといいかもしれませんね。その結果社長さんは「暴走社長」だと思っても、前者なのか後者なのかで、色々判断基準というのは変わってくると思います。

次回はいよいよ相互理解の出来る環境はどうしたらつくれるのかについて考えたいと思います。

暴走社長はとまれない。「第一回」

(旧ブログからの転載記事)

会社につとめていると、「社長」という存在はやっぱり特別な存在として距離を自然にとってしまっている方は意外に多いと思います。それは仕方のないことですよね。会社という組織の中で経営の決定権を握っている存在なのだから……。

給料などの待遇面はもちろん、仕事の役割や、社内での立ち位置、取引先へのアプローチ方法など、何をするにも「社長」の許可が必要になってくるのが会社と いえます。大手企業になると、経営陣も多くなり、それぞれの決裁権を持ち、このような事象は社長が自ら決済しなくなることもたくさんありますが、どんな形 になったとはいえ、代表権をもつ社長というのは、やはり特別な存在です。

とくに、「筆頭株主=代表取締役」という形態が多い中小企業になれば尚更でしょう。

その様な、社内での絶対的な権限は、社長自身に時には魔法使いにでもなったかの様な気分にさせ、時には神様になったかの様な気分にさせてしまう事も少なく ありません。そして、そんな存在だからこそ「スタッフ」は、やはり腫れ物にふれるような、接し方にどうしてもなってしまう。それは仕方ないと思います。 やっぱり不都合な事が自分に起こってほしくないというのは、ごく自然な人間心理なのですから。

こんな環境は、とてもまずい状況をつくってしまいます。

ひとつは、社長自身が「裸の王様化」してしまうこと。
あまりの権限に浮かれ、イエスマンに固められることで、自己の過大評価と勘違いが発生してしまい、現実とのギャップが激しくなってしまう環境を構築してしまう。
もうひとつは、「裸の王様化」してしまったことで、スタッフと社長との間に心理的な埋める事ができない溝やストレスが出来てしまう事。

もうこのような環境になってしまうと、後の祭りで社長はどんどん孤立していってしまうのです。負のスパイラルが発生し、どんどん状況は悪化してしまいま す。それまで凄く和気あいあいと楽しく仕事をしていたのに、社長があらわれただけで、空気が緊張状態になり激しく雰囲気が悪くなるというのは、サラリーマ ンやOLの方なら誰でも経験したことがあるのではないでしょうか??

社長も馬鹿ではありません。
そりゃそうです。起業出来るわけですから。
どんなに裸の王様化してしまっても、自分が孤立してしまっていることは、空気でわかっています。むしろ雇用されている一般の方よりも敏感にそのあたりは感じ取っているはずです。

そこでいたたまれなくなり、社長さんは、
「自分が喰わせてやっているのに、あいつらは何もわかっちゃいない……。」
こう思ってしまうんです。

ようは、どうして認めてくれないんだ。と落胆してしまうんです。
言い換えると「認めてほしい」という意外にもシンプルな欲をサラリーマンやOLの皆さんと同じ様にもっているんです。それを必要以上に求めがちなのも社長さんという立場の特徴の一つといえると思います。

それも仕方ありません。

上場企業などの「企業」そのものが担保にならない会社の社長には「無限責任」という大きな責任が与えらるのです。これはどういう事かというと、何かの事象 が起こり、会社が倒産したとします。そこで発生した負債などはすべて代表取締役が負わなくてはならないというようなことと考えて頂ければ分りやすいのでは ないかなと思います。そういったリスクにプラスして、スタッフの皆さんの将来を守るという大きな使命も背負い込むわけなんです。これは、やってみないとわ からないと断言出来るくらい、とてつもないプレッシャーです。

そんなプレッシャーと日々戦うには、どうしてもエネルギーが必要です。
そのエネルギーは、「金持ちになりたい」「名声をかちとりたい」などの野心から生まれたりします。ただそれだけでは足りない時があり、そういう時に身内であるスタッフから「尊敬される」「感謝される」などという側面からおぎなおうという心理が働くのです。

そして、求めても求めてみたされない環境になると社長さんは、いよいよ「暴走社長」と化してしまうんです。

「暴走社長」はもう誰もとめられません……。
社員の提言などは一切受け付けず、鶴の一声を出し続ける。
人の評価が出来なくなり、賃金など待遇面も冷遇しはじめる。
そして、環境悪化に伴って退職するスタッフをみてもどこ吹く風。
かわりに、自分は豪遊三昧。キャバクラ、風俗、愛人のコンボプレーは当たり前。
もう本当に誰もとめられません。

こんな社長さんの下で働いた経験があるという方もたくさんいると思います。
「暴走社長」は、出来上がるして出来上がってしまっているんです。

お互いの立場を相互理解する環境。
それさえあれば、「暴走社長」は生まれないんです。
でも、その環境作りが実に難しいんです。

それには、深いわけがありますが、
また次回へ。

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JkZero7

Art Director & Graphic Designer
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グラフィックデザイナーをしています。
日々の出来事や思ったことをゆるめに綴っていきたいと思います。

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